ANOTHER WAY ~ THE ALFEE'S SONG,LIVE,GUITAR ~ 私設研究所

Happy 40th Anniversary for THE ALFEE!! 【長年愛用していたパソコンが逝ってしまったので、現在投稿が滞っております。スマホに馴れるか、おにゅうのPC買うかしたら続き始めますので、しばらく御容赦を】

 
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2015年01月18日

SWEAT & TEARS / 第三章

続きー


前回のTOKYO BAY-AREAに関する東京都の思惑うんぬん。。。という所で、一つ絡めて盛り込みたい事があったのを忘れておりましてー←

イベントが行われた86年の夏、東京では数日に渡って別の野外ライブイベントが開催されており。
当時大ブレイク直後のBOOWYやレベッカをはじめSTREET SLIDERSなどいくつかのバンドが、この年の夏だけ解放された特別な敷地内でライブを行いました。
その場所は新宿のど真ん中・新宿都有3号地。
現在の
東京都庁本庁舎
その建設予定地をぐるりと目張りして、即席野外ライブ会場として使ってた86年の夏。
当時の自分は東京とはほぼ無縁だったこともあり「そんな場所があったんだー」ぐらいにしか思わなかったんですがー、今にして思えばよくこの時期にこんな場所解放したなーと不思議でしょうがない。
で、やっぱり東京都としてのPR目的だったんだろーなー、と思う訳ですよ。
ここに関しては場所のPRというよりは、「ここに都庁ができますよ」という若い都民に対するPRだったのかなー。
多少の違いはあれど、目的としては13号埋立地と同じだったと思われ。
当時の東京都の広報に、音楽イベントと絡める特別なチームがあったのかもしれないですよねー。
その一環として、その部署から「86.8.3プロジェクトチーム」に加わってる人がいたんではなかろーか。。。。などと思うわけですよ(бвб)
どちらにしても「新しくなる東京」「未来都市東京」というのをアピールしたかった時期だったかもしれないですねー。



このシングルジャケット写真はライブシーンのワンカット。
過去の大会場イベントなどではなく進行中のコンサートツアー中に撮られた、まさに「旬」を切り取った中の1枚。
服装や持ってるギターから察するに、「SWEAT & TEARS」ではなく、「夢よ急げ」のエンディングでかき回してる時のショットだと思われ。
個人的には、今日までのシングル・アルバム・ビデオやDVDなど数多くの作品を飾ってきたパッケージの中でも
最高の一枚だと思ってます(๑・ω・๑)
だってさー、カメラなんて知ったこっちゃない桜井さんの弦叩く瞬間、感情を素直に表した幸ちゃんの拳、そして王子のあの笑顔だぜ!!
どんな凄腕のカメラマンであっても、スタジオフォトセッションでは絶対に引き出せないこの笑顔と躍動感、それな(бвб)
それがライブという空間になると、なんの苦労もなく最高の顔が撮れまくってしまうマジック♪
ALFEE BOOKにこの日撮られたボツカット的な写真が載ってるけど、そっちもいい写真なんだよねー。
これこそがALFEEの真の姿だし、「SWEAT & TEARS」という作品においてはこれ以上ないぐらいふさわしいジャケットに仕上がってると思うのよ♪
言うまでもない素晴らしいジャケット、唯一突っ込む所があるとすればぼやかしすぎた加工ぐらい?
なんだろねー、古いポートレート風にしたかったのかなー?
デザイナー拘りというか意図がよくわかんないんだけど、ただ悪い加工ってほどでもないよね←
これはこれで嫌いじゃないし、無加工よりはジャケットデザインとして良かったのかも。

この写真が撮られたのはSWEAT & TEARSツアー 5月23日・神戸文化ホール。
なぜこの地が選ばれたのかというと、特に拘りがあったわけでもないらしくー←
実はジャケットをライブ写真にする事自体、急遽決まったらしいですねー。
この日の前日?もっと前なのかな?いつもどおりスタジオフォトセッションで撮影をしたらしいんですがー、今一つイメージ通りなものが上がらず。
まぁ被写体にやる気がねーから、イメージしたものができるはずないんだけどね(´-∀-)←
さてどうしよう。。。。となった所でこのアイディアが出たようで。
そこでカメラマンのスケジュールと発売日から逆算した締切の関係上、この日の撮影となったいきさつがあるそーですねー。
より曲のイメージに近いものを求めた結果ではあるけれど、ライブ感が生命線のこの曲においては、こうなる事は必然だったんだろーねー。
また「THE ALFEE」と銘打つ最初の作品のジャケットとしてもふさわしいものになったし!
3人の構図も実にいいんだよねー。
当日は曲前に撮影の案内とかMCであったりしたのかな?
それ用にわざわざポーズ作った訳ではなさげな感じだし、どっかで撮ってどれかを使いますよ、ぐらいな感じだったんですかねー。
今見てもALFEEというバンドの本質が形になって表れている素晴らしいジャケットだと思うなー。



発売時期はALFEE史上でも指折りの本数が多いツアーの終盤の頃。
またTOKYO-BAY AREAも控え本格的な準備もあり本来の仕事だけでも相当忙しい時期で、その影響なのか発売前や発売週にTVで披露する事はなく。
この辺はALFEE側の戦略的意図もあったかもですが、まぁツアー続きでスケジュール取れなかったのが本音な所なんだろーなー。
実際プロモーション等で動いた期間は、発売後からBAY-AREA直前のほぼ半月余り。
この当時、すでにロングヒットする曲も少なくなりシングルの消費期間は3ヶ月持たないぐらいまで縮まっていましたがー、それでもシングルリリース直前ぐらいから2ヶ月間ぐらいはTV、ラジオなどのメディア出演でプロモーションするのが通例。
しかしこの曲の場合、曲自体の販売はもちろんですがそれより直前に迫った「BAY-AREAのプロモーション」という大事な任務が主で、また2ヶ月後の9月早々にはニューシングル(ROCKDOM)の発売があった事もあり、かなり短い期間でのプロモーションとなりました。
その分、忙しい合間を縫ってこの時期、夜ヒット出演を皮切りに集中的にTVで歌ってた印象がありますねー。


TV初披露は7月16日・夜のヒットスタジオ。
多分、この出演は多くの視聴者に
インパクト絶大
だったはず。
ファンのみならずそれ以外の視聴者に対して、ベストテンのスポットライト「メリーアン」に次ぐぐらいの驚きはあったんじゃなかろーかと。
少なくともTVでのイメージはある程度覆った感あるよね。
それはALFEE側の意図もあったはずで、見た目の印象からすでに違って見えるようにしてたし。
それまではスーツ/カジュアル/王子様、または派手なメタルファッションという印象だったんだと思うけど、この出演では3人ともほぼ黒中心に統一。
ブラックジーンズ&皮・ナイロンパンツ、Tシャツ&タンクトップというラフな出で立ちで、王子は皮ベスト着てたけれども長髪を無造作に立てるなど、全体的な3人のイメージはメタルというよりはパンクロックの方に近いファッションでした。
そして演奏が凄かった!
のっけから動く・拳振り上げまくる・360度アピールして他の出演者のみならずスタッフ全てを煽りまくる・・・・カメラリハーサルしているにも関わらずスタジオを動きまくり決められた場所から外れフレームからはみ出る←
そして最後の
ヘドバンですよ川・.B・||))///。.B。///))川・.B・||))///。.B。///))
ファンであれば通常のステージと変わらない気迫・魂を込めてフルパワーで歌い演奏しているのが画面を通じて理解できたし、それ以外の通常の視聴者にもきっと伝わってたおね(*´ω`*)
観覧者も入れてないTVのスタジオでそこまでやらなくても・・ぐらいの熱量があったのは、その日の出演者達も最後口ぽかーん状態だった姿を抜かれていた事からも理解できたり。
そこまでさせたのは、TOKYO BAY-AREAへの先導よりも、やはり曲に込めた想いを余すことなく伝えたいからだったんだろーと思われ。
王子は気合い入れすぎて力みまくりで
リアルうわずる男川・.B・||
状態だったり、若干の空回り感もあったものの(←)「想いはブラウン管を通しても伝わる」という事をこの数年間の経験で体感し理解してたんだろうねー。
カメラの向こうにいる不特定多数の視聴者を観客として意識し、ある意味感覚で見えていたんだろうなー。
当時はまだオケよりもスタジオ生演奏が主流で、その日の気合いやコンディションがダイレクトに伝わっていた事も、この日はいい作用してたおね。
演奏の荒さも含め、間違いなく「ライブ」がそこにはありました。
もちろん、「世界が~」で二人で王子を挟むフォーメーションとか、最後のヘドバンもバミってある所ちゃんと確認して前に出てきてたりとか、TV意識した動きもちゃんとしてたけどねー(笑)
その辺りは大人だったというか
節度ある暴れん坊(бвб)

また当時の夜ヒットのスタッフもALFEEの魅せ方をある程度理解してくれてたよね。
フジサンケイグループがガッツリ絡んだBAY-AREAのPRという事もあったんだろうけど、この長い曲を間奏・後奏を含め最後のリフレインも入れてワンハーフ以上歌えるぐらいのしっかりした時間割いてくれてたし。
・・・
逆に間奏・後奏抜けば2番も歌えた気がしないでもない(๑・ω・๑)←
まぁ絵的な所で、ALFEE側もスタッフ側も最後のヘドバンは魅せたかったんだろーなーとは思うけどもw
そして何よりド頭ででかい声でカウント入れる
長谷川さんの単抜きですよ (๑・ω・๑)
解ってる!!スイッチャーさんファンが欲しい所解ってるわー!(бвб)
あの「わんっ!つー!すりー!ふぉー!!」が当時の演奏のキモなのよね(´-∀-)
初期はドゥーンのベンド音よりも、あのカウントが血を呼び起こされるスイッチだったおね(*´ω`*)
あれはスタッフGJ!
だったと思う-。
その辺りの巧さもあって、より良い伝え方が出来たんじゃないですかねー。
この日の出演で、ファンのみならず一般視聴者にも「THE ALFEE = SWEAT &TEARS」という刷り込みはある程度出来たんじゃないかと思うんだよねー。
TVに関しては事故的な失敗談が目立つバンドだけども←
この出演は指折りの成功例だった気がしますねー。

プロモーション期間での夜ヒット出演はこの日だけでなく、イベントの直前・7月30日にも出演。
当時ベストテン系以外では唯一と言って良かった大型音楽番組、毎週リリースされる数多い曲を差し置いて、1週間空けてもう出れるというのはかなりの好待遇♪
その辺りは、ポニーキャニオン所属という利点があったのはもちろん、組織の力結集してBAY-AREAの最後の一押し!という意味はあったんでしょうねー。
まぁ、バンドとしては数日後のイベントの大詰め・最終作業中にそんな仕事入れたくはなかったのが本音でしょうがー(бвб)
王子の目の引っ込み具合がハンパなかったし川・.B・||←
今映像を見返すと、3人ともなんとなく心ここにあらずな感じがしないでもない。
まぁステージに上がる出演者であると同時に営業の最前線なのが芸能なので致し方ないよね(^_^;)
そんな感じだけど演奏に入ると一変、力入れつつもカメラ寄りでリアクションとったり目線合わせたり、何度かTVで歌った事による余裕があった気が。
エンディングのかき回しでは当時のお約束
川・.B・||<東京湾で待ってるぜー!みんなー!!
もあり。
また古館さんがえらいヘドバン気に入っちゃって、率先してスタジオ盛り上げようとしてましたねー(=´ω`=)
王子と古館さんが急速に仲良くなったのってこのぐらいからかなー?
同世代なのはもちろん、バンドのスタンスとかも気に入ってくれてたよね。
二度の出演とも、かなり荒いんだけどライブ感溢れる・しかもアンコール時のような熱と魂が注入された演奏・歌だったなー♪
これを見てTOKYO BAY-AREAの会場に足を運ぶ気になった視聴者がいたかどうかはわからないけど、少なくともファン(特にツアーに参加できなかった)のテンションと想いを凝縮して8月3日に向かわせる前哨戦としてはかなり効果的だったよね。
多分、このぐらいから「TVを使う」事にも長けてきたような気がするー。
それまでのTVに踊らされてる感は、少なくともこの曲に関してはなかったよね。


それらの作用はベストテン番組も同じ。
夜ヒット初出演の翌日、「ザ・ベストテン」のランクインから始まって、上手い具合にTOKYO BAY-AREA直後当たりまではベストテン圏内でした。
この間約半月ちょい・1ヶ月満たないぐらい。
オリコンチャートも同様な感じで、結果的には残念ながらリリース毎に短くなってきたサイクルを覆すようなカンフル剤にはなり得ませんでした・・・が!
この曲に関しては同時期・以後の作品とは明らかに違う動きがありました。
というのは、BAY-AREAまでの数週間(まぁ2-3週間だけだったですがー)、初登場から圏外に落ちるまでほぼ上位層に君臨。
「歌のトップテン」に至っては2週目に
☆1位を獲得☆@これがTVのベストテン番組では最後の1位
オリコン初週3位、以降それなりに落ちてる事からも、2週目にトップに上がったのはリクエストの集計がずば抜けていたであろう事は言うまでもなく。
もともとリクエスト関係には定評と実績があるALFEEファン@ある意味悪評←
そのパワーがこの曲では凝縮して発揮されたって事だよねー。
BAY-AREA直前の浮かれたテンションもあったんだろーけど、それよりも
この曲を知って欲しい
というファン一人一人の強い想い・願いが形になって表れた結果だと思うのよ。
まだまだ世間一般には知られていないであろうALFEEのコア・真の姿。
このストレートなメッセージソングは、ファンにとってそれだけ待ち焦がれたシングルタイトルチューンだったんだよね(*´ω`*)
ランクイン時はまだ春ツアー中だった事もあり、二つの番組どちらも初週はツアー先からの中継。
この歌でライブ会場、しかもアンコール前とかアンコール後の客席のテンション。。。。
最強じゃねぇかぁぁぁぁぁぁ (๑・ω・๑)
この画面見せときゃ何も言わずとも伝わるおね。
アンコールのノリそのままなのでステージもそのテンション、勢い余ってハンドマイクで前に出て歌うシーンなどもあったり。

どっちの番組も1時間、持ち時間は夜ヒットよりも相当シビアになるので歌はどうするのかなーと思っていたら。。。
歌前に入る司会陣との若干噛み合わないトークを極力削りー←
さらっと紹介して歌う時間を確保。
間奏・後奏のフレーズをもう少し詰めてワンハーフしっかり放送時間に入るように調整。
どの番組でも曲に対する想いや要望をスタッフとの事前ディスカッションしっかりやった結果だとは思いますが、TVスタッフの皆さんも協力的だったおね(=´ω`=)
それはこれまでいろーんな事に協力し、放送事故レベルの扱いでも決裂せず上手いことやってきたからこそだよね(´-∀-)
まぁインタビューが短くても、曲のイントロが長いので歌に入るまでのアナウンサーや司会の前口上である程度情報を入れられるから、ってのもあったんだろーけどねー。
そのおかげで後奏も演奏でき、しっかりと最後の
ヘドバン川・.B・||))///。.B。///))川・.B・||))///。.B。///))
も魅せる事ができますた。@ここ大事

ベストテン番組出演時、最大のハイライトは7月31日の「ザ・ベストテン」出演。
この日の出演は
TOKYO BAY-AREAからの中継
この日は現地リハでの音出し中?では多分ないよね?
特効の確認とかで現地入りしてたんだったのかなー?
なにせ現地で当日のメインステージの上から歌う、というかなり大胆な出演ですた!
白で統一された二段のステージも、もちろんあの中央階段も丸見え状態。
本番前3日前に隠すことなく晒してしまうこの懐の深さよ←
まぁあれだけ巨大なステージは隠しようもなく、少なくとも現地近くに行けるのであれば全容はほぼ見えてしまうんだけどねー。
実際、当日TDLからBAY-AREAに向かうツアーバスの中で、結構遠くからセット見えたし。
それにしたって、当時はもう全国に見せてしまっていいのだろうか。。。。と想いつつも、3日後には自分もあの場所にいるんだという高揚感は相当煽られたおね。
イベント前のTV出演はこの日が最後。
参加するファンの想いが最大限煽られたのはもちろん、あれを観て行って見ようかと思う視聴者も極小数ながらいたんじゃないかと思われ。
ファンとしては感無量だったよねー。
うっわー!すっげー!!\(^o^)/
という興奮が脳内支配して心はすでに現地に行ってしまった記憶。
また番組側も相当頑張ってくれ、この日4位という順位にも関わらず6分以上の尺を使ってくれました。
おかげで現地の話はもちろん余裕を持った演奏もでき、
川・.B・||<東京湾で待ってるぜー!みんなー!!
というキメ台詞もしっかり叫んで中継終了。
イベント直前・最後のPRとしては最高の形で終われたんじゃないですかねー。

この現地からの中継、今にして思えばフジ・サンケイグループ主催のライブをTBSが大々的に宣伝に力を貸し、また一番先にステージを晒してしまって問題なかったのかな?などと思ったりしたんだけどもー。
番組スタッフにしてみりゃそんなん関係ないわな (๑・ω・๑)←
彼らにしてみりゃその日視聴者が食いつくいい映像が撮れればいい訳で、10万人が集まる予定のライブ会場の絵が流せれば最高だしねー。
それに86年と言えばこの手の番組も少しずつ衰退の一途をたどり始めていた頃。
ランクインする出演者の主流も演歌・歌謡曲からロック・ミューミュージックのシンガー&バンドへ移り、その占有率もかなり多くなっていた時期。
当然、そんな出演者達のメインフィールドはTVではなくステージと創作活動。
週によってはツアー中、オフ、レコーディングなど様々な理由で出演できない方々も多く、1時間10組と言えどその半分も揃わない事も増えていた時代。
番組を成立させるのにスタッフも四苦八苦してた時代だと思われ。
そんな頃だったので、この中継はある意味この週の目玉企画だったんじゃないですかねー。
そう思えば、6分以上の尺も納得行くおね。
そして、現地ステージからの中継。。。と言えど、ソコは上手く全容を見せないよう工夫もされており。
まずメインステージはTV用に当日より左右を短くスケールダウンして設置していた気が。
さらにカメラもそのメインステージ中央しか移さず、スタジアムのような左右に広がったイントレの壁は徹底して映さなかった配慮もされていたり。
なのであの中継を見て知っていたファンも、当日会場の全容を見て桁外れのスケールの大きさにビックリできますた。
ある意味、当日のセット風の別物ステージの絵だったんですねー。
その辺りが中継を実現させるための、関係各所との妥協点だったんでしょうねー。
それでもTOKYO BAY-AREAのスケール感を垣間見せてイベント気分を煽るには充分。
少なくともファンの心はガッチリ掴んだ中継ではありました。


シングルリリース&イベントのプロモーション期間でのTV出演は短かったですがー、ライブにおいてALFEEの中心曲として長く大事に歌われ続けているのと同じように、長い活動の中でTVで披露する機会も比較的多く。
リリースのない夏イベ前とかねー。
星空のディスタンス」「メリーアン」に次いで多いんじゃないかなー。
近年だと「堂本兄弟」でよく歌われてた印象。
きくち伸プロデューサー自身が俺たち同様のファンでこの曲に思い入れ持ってくれてたのもでかいんだけど、D.B.Bライブでの王子持ち曲・ALFEE持ち曲は必ずこの曲だったよね。
KINKIやバンドメンバーも楽しそうでいい演奏ですた(*´ω`*)
出演者全員に愛され尊敬されてるのが実感できるから、見てて暖かくなるおね。
記憶に新しいのは、堂本兄弟終了も押し迫った去年の王子還暦記念京都ロケのでの歌。
ALFEE側は王子だけだったけど、トークメンバーだけでの
アカペラのSWEAT & TEARS
これが素晴らしかったー( *`ω´)人(бвб)
KINKIや総ちゃんというトップアイドル、タカノリ、マッキーなどの実績と実力を兼ね備えたシンガー達が一同に介して、王子の為にこの曲を一緒に歌ってくれる感動、それな(бвб)
アレンジも素晴らしかったし、TVの企画でこんなに嬉しくなる事はそんなにないよね。
D.B.Bの中でトークメンバーだけでも一つのグループとして機能してたんだなーと実感。
あの瞬間は明らかにセッションではなく「バンド」だったよね。
そしてこの人はこの輪の中心にいた。
弄られ愛され、そして尊敬される出演者みんなの(もちろんホストであるKINKIの二人とはまた違った意味での)リーダーとして10年間引っ張ってきたんだなー。
その関係性が垣間見えるような歌ではありましたよね。
またちょっと前にはフォーク村で幸ちゃん×ももクロのアコースティックアレンジでの演奏もありますた。
彼女達がしっかり曲を把握してくれ、自分たちなりの解釈で歌ってくれてました。
発信力の強い若手達が歌ってくれる事により、時を超えて現代のティーンエイジ達に届く歌。
時代も違えば情報量も違う。
物事の考え方も相当変わってるかもしれないし、歌の捉え方ももしかしたら違うのかもしれないけど。。。それでも自分たちが熱狂した28年前の歌を今の自分たちに重ねて聴いて歌ってくれてる事がファンとしては嬉しいし誇らしい。
ファンの外のティーンエイジ達が「ALFEE = SWEAT & TEARS」って認識してくれていれば。。。。それは素敵な事だよね(=´ω`=)

こうやって28年間、幾度となくTVでも披露されてきましたがー、その中でも我々ファンにとって一番印象深い「SWEAT & TEARS」、きっとコレなんじゃないかなーと思うのが・・・・・


続くー



SWEAT & TEARS
作詞/作曲:高見沢俊彦
編曲:ALFEE
シングル「SWEAT & TEARS」(1986年)
アルバム「AGES」(1986年・album.mix)
アルバム「ONE NIGHT DREAMS」(1987年・live)
アルバム「HIT SINGLE COLLECTION 37」(2004年・re.take)
アルバム「STARTING OVER」(2006年・re.take【Medley】)収録

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Author:あっちゃん♪
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ALFEEファンの皆様、よーこそ!
訪問ありがとーございます♪
15の時にALFEEと出会って以来、四半世紀以上のお付き合いの石川在住・一ファンですv(。・・。)イエッ♪
大まかには各楽曲に絞ったあれこれを書いてます。
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