ANOTHER WAY ~ THE ALFEE'S SONG,LIVE,GUITAR ~ 私設研究所

Happy 40th Anniversary for THE ALFEE!! 【長年愛用していたパソコンが逝ってしまったので、現在投稿が滞っております。スマホに馴れるか、おにゅうのPC買うかしたら続き始めますので、しばらく御容赦を】

 
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\M.S.R.59 [ゝ■ハ■]/

独特の声の魅力とアダルトな雰囲気を纏い、ツアーの合間は一切仕事せず、休みの日はTV見ながら酒を煽る日々を繰り返し、何十年も前の事を未だにバカにされ弄られ続け、ウケる為ならヅラも着ぐるみも顔塗りする事も厭わない、そんなγ-GTP200オーバーの中年盛り!
・・・
ぶっ飛ばす[#ゝ■ハ■]

・゜゚・:.。..。.:*・’’・*:.。. .。.:*・゜゚・*
桜井賢生誕59周年♪( *`ω´)人(бвб)
・゜゚・:.。..。.:*・’’・*:.。. .。.:*・゜゚・*




・30年経って尚「メリーアン」と並ぶ不動の代表曲!
・ライブでの総演奏回数ブッチ切りの第1位!
・高見沢俊彦本人が認める、今尚超えられない最高傑作!!
・狙って当てた二発目のヒット曲!

1984年1月21日発売!
星空のディスタンス・発売30周年♪( *`ω´)人(бвб)


途中まで組上がったパズルがスピードを上げて完成していくように、多くの人に知られるいろんな要素・条件が整ったデビュー10周年の冬、初めてのヒットシングル「メリーアン」に続く第二弾として桜井賢・29歳の誕生日翌日にリリース。
王子が独り暮らしを始めてから長年根城にしていた原宿の4畳半下宿部屋で3人でデモテープを録った最後の作品(シングルとしては、って事なのかな?)というのはファンにはよく知られた話。
前作に引き続き桜井さんをメインボーカルに据えたマイナーの泣きのメロディと、アルバム「ALFEE’S LAW」で魅せたハードロックのアプローチとPOPさを融合させたサウンドで構築した
歌謡ハードロックの完成形(本人談)
と言っても過言ではない作品ですよねー。
実は以前からストックしていた作品で、元々はインストナンバーとして演奏していた(ライブハウス時代?)という逸話も。
本人曰く「当時はスプート二クスみたいな音」と話していて、元曲はハードロックではなく60年代のエレキブーム系のサウンドだったよーなので、多分歌メロの所が原曲に該当するんでしょーね。
それにハードロックのリフやテイスト・リズムアレンジを施して作り上げたよーです。
オリコン最高位2位を獲得、ザ・ベストテン初の1位など、「メリーアン」で爆発した勢いが失速するどころかブーストしALFEEという存在が一気に開花した作品ではありました。
次作の「Starship」発売直前までオリコンやベストテン番組から消えないロングヒットとなり、結果的には50万枚を超える大ヒットを記録。
いわゆる世間一般には「ALFEEの代表曲」としての代名詞として、30年経った今も君臨。
本人達は「まだブレイクしてねぇ」と言い張ってますがー、改めて考えるとこのポイントこそが
ブレイク以外の何者でもねぇ(бвб)
まぁ渦中の本人達はTV出る回数増えたなーとか、ツアー沢山本数切れるよーになったなーぐらいの印象しかないんだろーけどさー。
まぁブレイクではあるけれど、単独ブレイクじゃないのと単独ブームにはなってない事が実感の無さに繋がってるのかもしれないですねー。
そんな代表曲であるが故、ライブにおいても今では「SWEAT & TEARS」と双璧をなす
黄門様の印籠状態
の必要不可欠な曲であり、ファンからも長く愛されている曲になってますよね。
そしてリテイクやライブテイクなど、時代の節目節目で
まったくアレンジを変えずに新たに音源化もされていたり。
年齢・時代によるボーカルの質やサウンドの変化を順を追って楽しめるのも代表曲なればこそ。
ファンと共に時代を超えて併走してくれてる曲であるとも言えますよね。

一度聞いたら忘れられないギターリフ、二段構えのイントロ、Aメロとサビだけで構成されたPOPなメロディライン、ハードで高音ながらウェットな艶のあるリードボーカル&突き抜けるコーラスワーク、そして「ディスタンス」という当時の日本人には馴染みの薄い英単語のキーワードを使った詞とタイトル・・・確かに完成度は高いしヒットする要因は揃ってますよね。
もちろん、これだけの要素を持った曲なんて数多くあるし、条件が揃ったからと言って世間に浸透するとは限らない。
どれだけ素晴らしい曲があっても、どれだけ素晴らしい詞を書いても、どれだけ素晴らしいアレンジをしても、超上手いボーカリストが歌ったとしても・・・人々に伝える媒体=ボーカルに
MAGICがかかっていないとヒットはしない。
その「MAGIC」がなんだかはさっぱりわかんないんだけどさー(๑・ω・๑)←
その時の世相や時代背景も関係あるし、回りからの影響の広がりなんかも作用するけど、それでも目に見えない・理論だけでは計り知れない力が必ず作用してるはず・・・だと自分は信じてるんですよねー。
1984年・あの時代の3人の声には、言葉をメロディに乗せて大衆の心の扉を開きくすぐるMAGICが確かに作用して、そのパワーは極めて強かった。。。きっとそうなんだよね。
いや、現在それが衰えてるとは思わないんだけどさー(бвб)←
オリコンに顔だすものの、それが続かないのはやっぱり「星空のディスタンス」をリリースした頃よりはレンジが狭く届かなくなってはいるんだろーね(^_^;)
ただ彼らがかけるMAGIC、範囲は狭いのかもしれないけれどかかった人の深層心理の奥まで深く入り込むやっかいな物でしてー←
あの時代に魔法をかけられたっきり出口のない迷宮を彷徨ったままの人が未だ数多く、その効果は少なくあれど新たにかかってしまう平成生まれ・21世紀生まれのティーンエイジもボツボツ出現している昨今ではありますよね。
入り口多くて出口ナシ
30年間続く催眠効果ってどーゆー事よ( *`ω´)
ヒットの答えなんて結局は解らないもんではありますがー、それで終わらせてもつまらないので、以下
↓【ヒットの要因を考えようのコーナー】↓
さー、触れる事いっぱいあるよー(бвб)←


83年下半期を地味に超ロングヒットで駆け抜けた「メリーアン
これだけ1曲が長くヒットするとある意味一発屋になりそうな気配も漂いますがー、あーでもねーこーでもねーと一進一退を繰り返しながら地道に上積みしてここまで来た10年間と、ライブ動員数・ライブ本数・曲とライブの質・そして
笑いの質で積み上げてきた自信と、売れなかったからこそ強固になったファンとの関係性は伊達じゃなかった!
その勢いは失速せず、オリコン初登場6位というこれまでではありえなかった初週トップテン入り、そしてそのまましっかり上位で売れ続けリリース1ヶ月後にして最高2位を獲得するという
演歌並みの売れ方(бвб)
1曲が長くトップテン圏内にいる事は、まぁ当時はそんなに珍しい事じゃー無かったけどねぇ。
今考えれば1曲の浸透サイクルって余裕で3ヶ月持ったし、ホント長かったよね。
リリース初週で一気に売れて、その後ストンと落ちるような曲の方が少なかったのかも。
TVやラジオで流れてるのを聞いてから、気になって買ってみるという人の方が圧倒的に多かった時代ではあったかもしれないですねー。
ファンであっても、TVに出てから新曲が出た事を知って買いに行く事も珍しくはない時代。
音楽雑誌やラジオ出演をしっかりチェックしてないとまだまだ情報が入らない時代だしね。
とはいえ、すでに「メリーアン」で知名度を得たにもかかわらず2曲目がランキング上位を上下しながら1位になる、ってのは少ない例だったかもねー。
やっぱり特殊な売れ方だったかもしれないですね。

そういった時代の中、当時シングルレコードの売り上げを左右するのに重要な役割を果たしていたのが、ザ・ベストテンを始めとするベステン番組。
星空のディスタンス」はこっちでも初登場以降何週間か上位を浮遊し続け、ザ・ベストテンでは
初の1位を獲得!
夏しぐれ」でデビューして以来、初めて
数字上の日本一という結果を出せた曲でした。
優劣を比べる事は本来意味のない「芸能」という仕事だけれども、やっぱり数字出して1番取った、ってのは嬉しい事だよね。
10年かかった末の結果、3人や関口さん達田辺エージェンシースタッフはもちろんだけど、ここまで丸5年間面倒見てきたポニーキャニオンのスタッフや宣伝・営業の人達の喜びは一入だったろーなー。
特に何度も会議で掛け合った上に半ばごり押しで契約にこぎ着けた坪野さんはねー。・゜・(ノД`)・゜・。
ここまで時間がかかった分だけ尚更だよね。
ALFEEを取り巻くスタッフ全体の志気は上がったろうし、3人にしても大いに自信になった事だったろーねー。
メリーアン」で掴んだ手応えが解りやすく形として表れた時期でしたよね。

ベストテン番組に上位で居続けられたのはレコード売り上げのおかげだけではなくー、それ以上に強い力になったのは
リクエストハガキ&ラジオリクエスト
この2項目による圧倒的強さ。
どっちにしても「ハガキ」という(コアな)ファンの力によるものなんですよねー。
当時、シングルレコードは大体600~700円ぐらいかな?
物価とか考えておいそれとホイホイ買える代物じゃーなかったですよね。
今のCDのように収録曲違いで何種類か作るよーな事もなかったし。
ジャケット違いとかはあったけれど、ソコで売り上げ増を見込む概念そのものが無かったんだろーし、一時期のCDほどシングルレコード売れてた訳じゃないけどレコード業界自体は安定・もしくは昇り調子でもあったんだろーなー。
ファンであっても普通に1枚、また友達に勧めて買ってもらうぐらいだよね。
だからレコード売り上げは1人に対して1という数字にしかならなかった事がほとんど。
しかーし、リクエストハガキという物は書く時間と労力さえ惜しまなければ単価は1/10以下なので複数出せるんですよねー。
1人に対して2、3、5、10~という数字が生み出しやすい訳で。
このリクエストという分野に裂く労力、
ALFEEファンは何故か異常に強くー(๑・ω・๑)
特にラジオというカテゴリーでは、昔から「無言劇」や「別れの律動」が単発的・もしくは同時多発的にいろんな地区で1位を取らせたという事があるくらいに得意分野。
当然、そんなにファン数がいる訳じゃないので、せっせと沢山のハガキ書いて、時には友達にも頼んだりしながら出してたファンが数名いたんでしょーねー。
ネットも携帯もないファン同士の横の繋がりを生むきっかけが少ない時代、売れない頃に幸ちゃん達がラジオで煽ったのもあるんでしょーが、全国のファンが密な連絡を取って動いてるかのように新曲が出るたびに各地方ラジオへリクエストを出してたよーで・・・
その実績を生かせたのがベストテン番組だったんだよねー。
直接番組へ出すリクエストの集計、各ラジオ番組での結果が異常に強かった!
レコード売り上げがTOP10、TOP20から落ちても、この2項目は平気で1位をとり続けるパワーがあったんですよねー。
もちろん「メリーアン」でもその力は強かったんだけど
ALFEEファン、ゲリラ戦超強ぇー!(бвб)
というイメージは、この曲で真価を発揮したと言えるでしょうねー。
リクエストの力はその後も数年猛威を振るい、「恋人達のペイブメント」が各局ラジオ番組軒並み制覇したり、アルバム曲である「真夏のストレンジャー」までベストテン番組集計のリクエスト1位にしてしまうなど、ファンであっても
さすがに引いてしまう(-_-;)ぐらいすごかったおね。
うーん、この辺りが時に新興と言われてしまう所以でもあるよなー。
この力に支えられて「星空のディスタンス」は1位を取った後も週二回のベストテン番組に出続ける事が出来、曲がTVで流れる機会が多いために新規客の購買に結びつく相乗効果を生み出す事が出来た訳ですよね。
また有線もベストテンの指数ではあったけど、当時は有線を備えていた場所は喫茶店や飲み屋さんが主流。
一番熱いティーンエイジのファン層が利用するにはちとハードル高すぎたのか、こちらは演歌・歌謡曲の壁を越える事は出来なかったですよね。
ここも強かったら、マジで時代のメインになってたかもねー。

リリースがツアーのない1月だった事も功を奏したと言えるかもしれませんねー。
番組欠席する事なく出演する事が出来た分、3人の顔とキャラクターがお茶の間に定着する事が出来たしね。
後半ツアーに入っちゃったけど、丁度順位も落ち着いてきた頃でなんとかアンコール中断でステージで歌う姿をお茶の間に流せ、その事によりさらに多くのファンを獲得出来たのもラッキーだったかも。
結局「星空のディスタンス」は50万枚以上を売り上げ、オリコンでもベストテン番組でも春までTOP10に居続けるという
なーがーいー(๑・ω・๑)
ヒットに結びつきましたよねー。
そして次作の「STARSHIP」のリリースに上手くバトンタッチ出来、結果横浜スタジアムの夏イベ辺りまでTVメディアに出続ける事が出来たので、ALFEEというバンドが世間にしっかり定着。
その後のシングルリリースや活動に対し、かなり有益に働いたのは間違いないよね。
ここから現在まで30年続いてきて、さらに未来に向けた活動を支える基礎になった1984年上半期でしたよね。

そしてこの曲はTBS系のドラマ「無邪気な関係」の主題歌としてタイアップ付!
実に「美しいシーズン」以来、ドラマとしては「無言劇」以来のタイアップ!
まさにヒット曲様々である(๑・ω・๑)
実際、お話しも向こうから来たよーで。
楽曲の選考も話を受けてからの仕事だったらしく、このタイアップ話があったので次作の路線がある程度絞れた的な事を本人が話してたりします。
このドラマ、軽いイメージのタイトルとは裏腹に受験戦争・単身赴任・性風俗・裏社会・・・などなど、なかなかの社会問題テーマてんこ盛りな内容で重かったよねー。
こんな内容で10時台のドラマだった事もあり、当時高一だった自分は全部見た記憶はなく、飛ばし飛ばしだった気がするー。
だいたいが完全に高年齢向けの内容だったため、内容的に把握出来てなかったしほぼ内容も覚えてないわ。
これ書くのに一応ググったら、いつのまにやら脳内で同じTBS系ドラマの「華やかな誤算」と内容混同しちゃってた事が発覚したのは内緒である(бвб)@多分、古尾谷雅人さんが出てたって事だけ覚えてた模様
これ視聴率とかきっと芳しくは無かった気がするけど、実際どーだったのかなー(^_^;)
中身自体は今ならすげー興味惹くんだよねー。
今なら面白く見れそうな気がするわ。
こんなだから、曲の購買層ってあんまりドラマ見てない気がするんだよねー。
なのでこのタイアップがヒットの一因になった・・・とはちと考えにくいかもですがー。
ただ、1月の頭から放送スタートしたので、発売前のプロモーションとしてはかなり機能したかもですねー。
せめて1話だけ見て続けてみるかどーか決めるのは、今も昔も変わらないよね。
少なくとも確実に毎週TVで流れてた訳だから、なんとなくTVを付けてたらこのドラマから主題歌が流れて耳に残ったと言う事もありがち。
ベストテン番組出演を合わせて、2月3月の期間は少なくとも週三で「星空のディスタンス」がTVから流れてたから、その潜在効果はバカに出来なかったかもしれないですよね。



ここからはリリース時期に関するちょっとした疑問。
この曲は84年の1月発売だった訳ですがー、前作の「メリーアン」は83年6月発売。
この間、実に7ヶ月!なーがーいー(๑・ω・๑)
何故半年以上の期間が空いたのか?
よく考えれば不自然に空きすぎだよねー?
王子自身の思惑はこの際置いといてー、事務所やレコード会社のなど送り出す側は当然流れ逃さない為にもっと早く出そうと尻叩くと思われるの(бвб)
特ににここまで4年半、活動自体はゆるやかなに順調傾向にもかかわらず出せども出せども泣かず飛ばずだったレコードリリースを長い目で容認してきたキャニオンサイドは、今でしょ!とばかりに躍起になってもおかしい話じゃないし理不尽でもないよねー。
レコード業界の流れやヒット続けている人達の動き方見ても消費サイクルは3ヶ月。
とすれば、9月10月にはシングル切りたいと思うだろうし、計画するよね。
それまでのALFEEの年間活動見ても、年間3枚~4枚はシングル出してる訳だから。
メリーアン」のヒット自体が時間差で来たって事を考慮しても11月辺り、遅くとも年内には発売したいであろう事は想像できるよね。
もちろんタイアップ番組上の関係でタイミング的には1月が妥当だった、ってのは動かしがたい原因だとは思いますがー、だとするとその間に1枚挟んでも良かったと思うし、販売戦略上そのぐらい詰めても良かったんじゃないかという気が。

じゃー秋から年末までの期間、ALFEEとして何をしてたかというとー・・・皆さんご存じの通り
2つのアルバムのリリース。
メリーアン」を含むオリジナルアルバム「ALFEE’S LAW」と、これまた「メリーアン」を含むベストアルバム「PAGE ONE」。
このうち、「ALFEE’S LAW」のリリースまでは元々の年回計画内だと思われ。
メリーアン」自体がこのアルバムの為に書いた物を先行シングルとして転用しているぐらいですからねー。
ここまではヒットしようがしまいが想定通りに動いていたリリース。
しかし「PAGE ONE」リリースは、「メリーアン」のヒットによって計画変更を余儀なくされた産物だと思うんですよねー。
ヒットシングルが出れば、それを収録した入門盤を出すのがある意味レコード会社としての通例みたいなもんで。
TV・ラジオなどシングルから興味持った人がお試しで1枚買うアルバムとしては最良の策であるし、ファンサービスとしても必要。
レコード会社も当然利益がより上がるのが見込める訳だから、そらそうなりますよね(-∀-`)
アルバム2枚3枚しかリリースのないミュージシャンでもヒットすれば作られてたんだから、ここまで最新作含め6枚のアルバムをリリースしてたALFEEとしては作る意義は充分だよね。
その間の音楽性の変化が広く急激だけに余計にな(бвб)
メリーアン」で興味持って、ついついレコード店で「TIME AND TIDE」「讃集詩」が目について買っちゃったら、あまりの高低差に耳k(ry
消費者庁にクレーム出しても納得できるレベル(๑・ω・๑)
だからこそ(←えつ)Acousticナンバーから「ジェネレーション・ダイナマイト」までを1枚でカバーするアルバムは必要だおね。
で。。。多分、キャニオン側は当初ホントにただの既存曲を集めたベスト盤リリースを画作したんだろうと思うのよ。
何しろスタジオ代がさほどかからず早く出来上がり、尚かつミュージシャンの手を煩わさないので活動や創作(この場合は次作のシングル制作)にも影響はない。
まぁ選曲だけ3人にやって貰えばそれなりに「売り」にもなるんじゃね?って目論見ぐらいはあったんじゃないかなー。
しかーし、出来上がったものは半セルフカバーアルバムと言っても過言ではないガッツリ制作の手が入った内容。
どーしてこーなった(๑・ω・๑)
多分、打ち合わせ段階で、「それじゃつまんねーよ」という発想が出てきて、そのまま流れでやるしかなくなっちゃったんだろうなー、ぐらいの想像は出来るよね(笑)
もちろん例によって彼らなりの
過剰なサービス精神
からの発想だったんでしょうがー、「メリーアン」が売れ始めた事により坪野さんはじめキャニオンの現場レコーディングスタッフの志気が相当高かったんだろうと思われ。
創作側、制作側の波長が同じ方向を向いて一丸となっていたがため、どうせなら豪華なスゲーもん作ろうぜ!という半ば
高校生の夜中のノリ
に近いもんはあったんだろうなぁと推測(бвб)
逆に、ヒットし始めたからと言ってミュージシャン・事務所・制作スタッフ共に浮き足立つ事がなかったからこそ、しっかりした物を作ろうという結論に至ったとも言えるよね。
特に当事者である3人がしっかり足下見てた事は大きかったと思われ。
そこはこの10年で何を感じ何を学んだか、が生かされた瞬間だったんだろーなー。
ちゃんと手綱締めてくれる関口さんとの信頼関係があったのも大きいしね。
スタッフを含めた制作に携わるチーム全員が足下をしっかり見つつさらに大きく何かやってやろうという気概が形になったのが「PAGE ONE」だよね。
この発売が12月に入ってしまったしまったがため、Newシングルの発売がその先に伸びたんでしょーねー。

また王子自身、次作の方向性を見極めるのに時間がかかったのも一因かと。
出せども出せども当たらず、スタッフからも関口さんからも果ては二人からもせっつかれる「ヒット曲」というプレッシャー。
キャニオンに所属してから4年半、ようやく結果が出てその呪縛から解き放たれ
わーい、これで楽になるー♪\川^.B^||/
・・・・と、思いきや
さ、高見沢、次が勝負だな(¬_¬)
というスタッフ陣からの非情な言葉と共に、更に苦しくなる無限ループに突入(笑)
なんだよ楽になるんじゃねーのかよ
ふざけんなコノヤロー!\川`.B´||/

・・・とぶちまけたい心をグッと胸に閉まい、怒りを創作意欲にぶつける日々が始まった高見沢俊彦・当時29歳。
・・・
まぁその時のストレスが50歳を超えて尚収まっていなかったらしく、ことある毎にあちこちでぶちまけるよーになったけどね(бвб)
高見沢俊彦・根に持つ59歳児である川・.B・||
更にのし掛かったプレッシャーの中、いわゆる「メリーアン」と同じ路線で果たしていいのか?という迷いはあったよーですよね。
またこの路線を行くならどの部分を継承すればいいのか?という事も。
その中で、やはり桜井さんの声の魅力と哀愁のあるマイナーメロディラインはまずハズせないと思ったのでは。
メリーアン」で獲得した新規ファンの反響の中で、この組み合わせは受けるんだという手応えがハッキリあったんだと思われ。
「売れる曲さえ書ければ、桜井の歌は認められる」という自負に、やっと確信が持てた頃なんだろーなー。
まぁ、この辺りはさほど悩まず決めれたと思うんですよねー。
王子が悩んだのはきっと「ハードロック」で続けていいのか?って所だと思うんだよなー。
今でこそいろんな楽曲の中にハードロックのテイストって垣間見えるし、邦楽全体に溶け込んではいるけれど、当時の日本でそのテイストを使うには、いささか冒険が過ぎる感はまだあったよね。
この時期、バンドとしての進む方向性-ハード路線は決定事項だったと思われるけど、だからと言ってシングルで何処までやって良いのかの葛藤もあっただろうし。
ソコはライブに置ける「ジェネレーション・ダイナマイト」とアルバム「ALFEE’S LAW」からのファンからの好感触を得て、懸念も払拭出来たのではないのだろーかと。
さらにタイアップの件もあり、アップテンポ・ハードロック・哀愁ある歌謡メロディという要素が揃った所で曲の方向性が見えたのでは?と思うんですよねー。

方向性が決まったからには、後は書くだけ。
この曲は詩・曲・アレンジ・音入れ・ボーカル全て細部まで拘りに拘って当時の自分の持つ最大限の力を発揮し
ヒットさせるべく書いた曲
という話は後年、30周年のシングルベスト盤を出した頃からよく話すようになりましたよね。
王子自身、実は回りに言われるまでもなく「次作の大事さ」ってのは実感してただろーし、自分に対しても相当なプレッシャーをかけてたはず。
それはALFEEとしてのこれからもそうだけど、作家としての自分に対する自負と挑戦でもあったんだろ思われ。
メリーアン」はヒットしたとはいえ、ある意味いくつかの偶然が呼び込んだ産物。
決して狙って打ったヒットではない訳で。
だからこそ今度は狙ってヒット打ってやる!という所で燃えたんでしょーねー。
高見沢俊彦・生粋の体育会系M気質である川・.B・||
それが作家の自分とALFEEの足下をしっかり固める為に必要な事ではあったんだろうねー。
そのプレッシャー故にこの時期けっこう痩せたという話もあったり。
当時の話で、Newシングル候補は「星空のディスタンス」以外にも数曲作って選んだという話がありますがー。
最終的に決め手になったのは、やっぱりこのメロディラインなんだろなー。
しかし、寝かしてあった元曲をよく思い出して引っ張り出したよねー。
一回未発表のデモテープ全部聞き直したりしたのか、過去にも何度か形にしようとした事があったのか?
スプート二クス系のサウンドアレンジで作ってあっただけに、「メリーアン」でウケたGS・歌謡のエッセンスが目立ったのかなーという印象。
それが結果的にバンドにとって一番知名度のある曲になった訳だから、巡り合わせって不思議だよね。
いろんな曲をシングルで出してきた中で、一般に受け入れられたのが少なくともこの路線だったから、最低でももう一回この路線ならイケる!という確信と感覚があったんだろうねー。
たかが1曲ヒットしただけではあるけれど、売れなかった時期に比べればヒットで得た自身とフィードバックされたノウハウが蓄積されてるし、ステージが上がった事により視野も開けて回りが見えるようになったんでしょうねー。
むしろ、10年間の経験の中でやっていい事よりも次やっちゃダメな事を多く学習していたのかもしれない(笑)
ちなみに、この時のシングル候補から漏れた曲の中には、後に「二人のSEASON」になった物もあったそーですねー。

アレンジしていく上で王子が特に拘ったのは
イントロ。
ダ・ダ・ダーンですよね(笑)
王子自身が影響を受けてきたハードロック、特に脳裏に残るのはどの曲もイントロのリフだったそーで。
まぁソコに衝撃を受けたからこそギタリストになったんだろーけどねー。
このイントロはそんな自分の中にある「ハードロックの美学」を全力で注ぎ込んだ産物。
どーやら、腹括った瞬間に別のスイッチが入ってしまったよーである(๑・ω・๑)
そこはやはり、「ジェネレーション・ダイナマイト」でのファンの好感触もスイッチが入る後押しになってんだろーなー(бвб)
メリーアン」のメロディ&世界観+「ジェネレーション・ダイナマイト」のサウンド、という所がハッキリした作曲コンセプトではあったのかもしれないですねー。
やるならやるで、とことん落とし込んでやろうとなった結果が二段構えのイントロであり間奏・後奏であり、「Hotel California」に似すぎてしまったサビのメロディ・リズムアレンジなんだと思われ(笑)
ただイントロに拘った理由としては「CMに使われる昔のハードロック曲はサビよりもイントロのリフが多かった」という話もしていて、確かに理に叶ってるんだよね。
高見沢俊彦、なかなか計算高い男である川・.B・||@天然ではあるが
そうやって時間をかけて慎重に大胆に作り上げたからこそ、レコーディングは楽しかったという話も残っていて、その結果後生に残る見事なバンド代表作となりますた(бвб)
結果出た事は相当達成感あったろうねー(*´ω`*)
作家としての自分、ALFEEとして決めた活動路線、どれも間違ってなかったと感じた瞬間でもあったでしょうねー。
その充実感と結果がもたらした実感が、
30年経って尚 未だ超えられない最高傑作
と話す自己評価に繋がってるんでしょうねー。

シングル発売に7ヶ月かかったのは、きっとそれらの理由も関係あるんだろーなー・・・などと思い、83年下半期の計画変更やシングル制作の具体的な道筋、レコーディングはどーだったんだろう?と気になり何かないかなーと探していた所、ALFEE BOOKの後半にスケジュールが載ってるのを思いだしー。
探してみたらあったあった!
なんと武道館の二日後に、【レコード制作打ち合わせ】ってのがあるんだわ。
はーやーいー(๑・ω・๑)
このバイタリティたるや(・_・;)若さと勢いの成せる技だよなー。
多分、「PAGE ONE」制作やこの曲への具体的なスケジュール決めたのこの辺りだよね、きっと。
さらに、9月に入ってからは【南紀白浜 レコード制作合宿】というスケジュール。
そう、日本初の衛星中継のアレがあった時でつよ(;¬_¬) @詳しくは「メリーアン」参照
まぁ実際は「合宿」という名の【シングルヒットおめでとう・スタッフ慰安旅行】だろうなーと思ってたけど、一応「PAGE ONE」でのリアレンジ等詰めるというお仕事もしてたのかもしれないですねー。
レコーディングは平行してたのかなー?とか思ってたんだけど、「PAGE ONE」制作は秋ツアー開始前からツアー中、この曲は12月の頭で、別々に行ってるみたいですねー。
いやー、すっかり忘れてたけど、ALFEE BOOKのダイアリーや地球音楽ライブラリーの付録のダイヤリーは使える資料だわー。←
特にシングル関係書く時は、アルバムとかと平行してない限りより具体的に制作日とか日数が解るおね(бвб)


ALFEE最大のヒット曲・・・と世間では認知されていますがー、実は歴代シングルの売り上げ1位は60万枚以上売り上げた「Promised Love」であり、この曲はALFEE歴代2位なんだよねー。
では何故代表曲はこっちなのか?
この違いはというと、もちろんそれぞれの時代での音楽ニーズ。
92年は音楽バブルが始まった頃。
なんとこの年、ミリオン超えが10組・11曲出てるんだよね(・_・;)
90万台、80万枚も結構多かった年。
ドラマタイアップ・卓球に燃えた分のなどの追い風もあったので、逆にこの時代で60万枚はかなり検討はしてるんだけどねー。
ミリオン越えの曲は今もよく歌われたり流れたりする曲ばかりなので、「Promised Love」はヒットはしていてもむしろあんまり目立たなかったんですよねー。
それより、音楽番組が衰退傾向の最中だったのがより大きいのかも。
よく考えたら不思議だよねー、CD売れてるのに音楽番組が激減してたもんね。
今現在、音楽番組はいくつもあるけれど、ライブ形式でガッツリ1組だけを取り上げる番組か、トーク中心で曲はおまけみたいな状態の番組かで完全に二極化傾向。
TVで見聞きする音楽のニーズが変わり始めた時代だったんでしょうかねー。
対して84年、「星空のディスタンス」は年間売り上げ11位。
だがしかし、トップ10の内チェッカーズと中森明菜ちゃんが3曲ずつランクインさせているので、当時は数少ないトップランカーだったんですよねー。
ベストテン番組の影響も当然大きいと思われ。
人を知られる環境、曲を知られる環境、両方が整ってたんですねー。
その他にもいろいろ理由はあるけれど、それは前投稿でkwsk@「1984という時代」参照



続くー



星空のディスタンス
作詞:高見沢俊彦/高橋研
作曲:高見沢俊彦
編曲:ALFEE
シングル「星空のディスタンス」(1984年・オリジナル)
アルバム「THE RENAISSANCE」(1984年・long ver.)
アルバム「ONE NIGHT DREAMS」(1987年・live)
アルバム「THE BEST」(1991年・re.take)
アルバム「LIVE IN PROGRESS」(1995年・live)
アルバム「HIT SINGLE COLLECTION 37」(2004年・re.take)
アルバム「STARTING OVER」(2006年・re.take)
アルバム「ALFEE GET REQUESTS!」(2012年・re.take)収録





※追記※


この時点で過去最長になる事間違いないので(春までに終わるかなぁ( ´・ω・`)←)、先に書いておこう。

これで平均年齢59歳ピッタリ♪(笑)
もう昨日ですが
桜井さん、誕生日おめでとう( ^_^)/□☆□\(^_^ )


そして、よく考えたらラブレター」も21日で発売35周年!!
という事は・・・
本日ALFEE再デビュー35周年!!
おめでとう!( *`ω´)人(бвб)

そしてポニーキャニオンさん、旧東芝EMI・現ユニバーサルミュージックさん、ありがとう♪
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世間一般にALFEEといえばやっぱり「星空のディスタンス」ですよね~。

ビールのCMの夢叶えます企画でもこの曲やってましたし。

サビのメロディが「ホテル・カリフォルニア」に似てるのは、今まで気づきませんでした。言われてみれば確かに(笑)

私は初めて聴いた時からジャーニーの「セパレイト・ウェイズ」に似てると思ってましたー。
今晩は。
昨日は桜井さんの誕生日でしたよね?
59歳になられても昔とあまり変わってなく若く見えます。
相変わらずかっこいいなと思いました。
星空のディスタンスもいいですが、桜井さんのメインヴォーカルでは希望の鐘が鳴る朝にが一番好きですね。
勇気づけられますよね。
待ってました!大作。読みごたえあります!前回の84年の記事ともども「そう、そう、そうだった!」と共感しまくりです。世代柄。
楽しいので長文、長編、大歓迎です。
引き続き楽しみにしております。
@東京ヒルトンさん、いらっしゃいませー
やっぱコレになるんでしょうねー。
ホテルカリフォルニアは昔から結構有名な説でー@かく言う自分もつい数年前まではよく気付いてなかった←
メロディは元より、途中のシンコペーションのリズムパターンがモロそっから拝借してるんですよね(笑)
「セパレイト・ウェイズ」は、この曲より、「ALFEE'S LAW」の「誓いの明日」に影響出てる気が。



@ジョニーさん、いらっしゃいませー
これで全員59ですねー。
もうすぐ還暦



@aaaさん、いらっしゃいませー
すでに最長決定済です( ´・ω・`)
終わりがまったく見えないヨ。・゜・(ノД`)・゜・。
ゆっくり楽しんで頂ければ











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あっちゃん♪

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ALFEEファンの皆様、よーこそ!
訪問ありがとーございます♪
15の時にALFEEと出会って以来、四半世紀以上のお付き合いの石川在住・一ファンですv(。・・。)イエッ♪
大まかには各楽曲に絞ったあれこれを書いてます。
また楽器の事やライブの事もっ。
お気に召しましたら、コメント等頂けたら幸いです。

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